お茶の科学(サイエンス)

製茶工程と化学成分(上)


農林水産省野菜・茶業試験場

山口優一


 最近では、煎茶に含まれる諸種の化学成分が人の健康維持に貢献しているらしいことが明らかになってきました。古くは大正末期に煎茶から多量のビタミンCが発見されたことに始まり、現在ではカテキン類(いわゆるタンニン)の抗癌性、抗酸化性などが世界的にも注目されています。また、旨味成分としてのアミノ酸や苦渋味成分としてのカテキン類が茶の品質に大きく関連していることも明らかにされています。
 このようなことから、生産や流通の現場でも煎茶の化学成分ついて興味をお持ちの方々が多いのではないかと思います。

 煎茶の製造工程は実に複雑ですが、簡単に表現すれば摘採直後の生葉を蒸し、低温で揉みながら乾燥させる工程と言えます。このような製造の方法は日本独自のものと思われます。では、その間に生葉の化学成分はどのように変化するのでしょうか。何時間にも及ぶ煎茶製造の工程の間には、随分大きな成分の変化が起きるはずと思われるかもしれません。
 過去、煎茶の製造中の化学成分量の変化について確かめた研究例はいくつかあります。その結果によると、全窒素、タンニン、カフェイン、可溶性窒素、遊離還元糖、可溶分、遊離アミノ酸、ビタミンCの量については、製茶の過程でほとんど変化が見られませんでした。つまり、荒茶に含まれる各成分の量は原料である生葉に含まれる量とほぼ同じだったのです。
 これは、特にビタミンCに関しては非常に不思議な結果です。一般にビタミンCは酸化されやすく不安定な物質とされており、例えば野菜などでは刻んだり茹でたりしただけでかなり減ってしまうことが知られています。ところが、煎茶の製造では長時間揉んだり加熱したりしているにもかかわらず、ビタミンCの減少が非常に起こりにくいのです。


 煎茶の製造工程で化学成分が変化しにくい理由の一つに、一番最初に蒸し操作が置かれていることが考えられます。
 通常生体中には多くの酵素が存在し、その働きにより様々な化学反応が生じて生命活動が維持されています。摘採後の茶の生葉でも同様に多くの酵素が働いており、放置しておけばどんどん化学成分の変化が起きます。たとえば、生葉を悪条件で長時間放置すると、ビタミンCの減少や萎凋香、葉傷み臭などが生じますが、これも酵素の好ましくない働きによるものと考えられます。逆に、紅茶、ウーロン茶のようないわゆる発酵茶、半発酵茶の製造では、このような酵素の働きを積極的に利用して茶葉中の成分を変化させ、独特の価値ある風味や色を生み出しています。ところが煎茶では、摘採直後の生葉を高温で蒸すことにより、瞬間的に酵素の働きをほぼ完全に止めてしまいます。これが以後の製茶工程での成分変化が最小限に抑えられる大きな理由と考えられています。

 また、煎茶の製造における乾燥操作が人肌程度の低い茶温で行われていることも重要です。たとえ酵素活性が全くなくても、温度が高くなれば様々な化学反応が起こりやすくなります。たとえば、工程中の茶温設定が高くなると荒茶に赤味やむれ臭が生じますが、これらも何らかの化学変化によるものです。したがって、煎茶の製造工程で徹底した温度管理が行われていることも、化学成分の変化を抑えるという意味では極めて理にかなっていると言えます。
 以上のように、日本の煎茶では生葉の成分をありのまま、損なわないような製造がなされており、このことは化学成分の分析結果からも明らかにされました。どのようにしてこのような巧妙な製茶法が生み出されたのかは知る由もありませんが、天然のみずみずしさを尊んできた日本人の文化と大いに関係があるのではないでしょうか。

(やまぐち ゆういち)               月刊「茶」1999年1月号より

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